n/(エヌスラッシュ)は、「選択肢を早めに、やわらかく」を合言葉に立ち上がったプレコンセプション・メディア。20年以上にわたり、不妊治療に向き合う方々の「心」に寄り添い続けてきたカウンセラー、平山史朗さん。生殖心理の第一人者として、心の奥にある痛みやモヤモヤと丁寧に向き合い続けてきた平山さんに、妊活にまつわる感情やパートナーとの関係、自分を責めてしまう気持ちとの付き合い方について伺いました。
森陽菜(以下、森):
本日はお時間いただきありがとうございます。早速ですが、先生がこの分野に入られたきっかけから伺ってもよろしいでしょうか?
平山史朗(以下、平山):
実は最初から不妊に関心があったわけではないんです。たまたまある有名な不妊治療の専門医と出会って、その先生の不妊クリニックで心理支援を始めたのがきっかけでした。当時、日本にはまだ「不妊治療における心の支援」という考えがほとんどなかった時代です。
森:
偶然のご縁からだったんですね。
平山:
そう。でも私自身、もともとマイノリティ問題やセクシュアリティに関心があったんです。不妊もまさに、そうした課題と地続きのテーマ。結果として、自分の関心とも重なる分野だったのかもしれません。
”今を生きる”私に寄り添う
森:
カウンセリングの現場で、先生が「これは本質だな」と感じられたことはありますか?
平山:
クライアントさんが、自分の内側から変化を起こす瞬間ですね。何かが解決したり“スッキリした”ではなく、その人自身が、自分の力で変わっていこうとする動き。それを、対話のなかで目の当たりにすることがあります。言葉にするのが難しいんですが、それが、カウンセリングの核心だと思っています。
森:
妊活の中で起こる感情の揺れや葛藤も、大きいですよね。
平山:
はい。不妊そのものが人生の問いになる。治療や結果ではなく、「不妊を生きる私」がどう在るか。そのプロセスを共に歩むのが、私の仕事です。
ネガティブな感情も、異常な状況における正常な反応
森:
妊活中の気持ちの揺れや落ち込みに対して、“自分がおかしいのでは”と責めてしまう方も多いと思います。
平山:
でもそれは、ごく自然な反応なんです。不妊治療は“普通じゃない”状況です。そんな異常な状況に置かれたときに、落ち込んだり怒ったりするのは“正常な感情”なんですよ。
森:
「異常な状況における、正常な反応」…すごく腑に落ちます。
平山:
もう一つ大事なのは、出てくる感情に“良し悪し”のラベルを貼らないこと。落ち込む自分、怒ってしまう自分を「ダメ」と評価してしまうと、ますます苦しくなる。感情に価値判断をせず、ただ認めること。それが大切です。

夫婦関係に必要なのは、“違いを間違いにしない”こと
森:
カップル間での“すれ違い”も、よく聞くテーマです。
平山:
そうですね。特に多いのが、「言わなくてもわかるはず」という思い込み。これは危険です。話さないと、わかり合えません。
森:
“察してほしい”は通じないんですね…。
平山:
ええ。そして「違い」を「間違い」と捉えてしまうのも問題です。自分と違う意見を持っている=相手が間違っている、ではありません。背景やロジックを理解できれば、違いも受け入れやすくなります。これは私の師匠の言葉でもあるんですが、「違いを間違いにしない」。すごく大切にしています。
”おまかせ”という優しさが、無責任になることもある
森:
妊娠・出産に関する意思決定において、男性が「体の負担が大きいから、君に任せるよ」と言ってくるケースもありますよね。私も経験がありますが、あれ、モヤモヤするんです…。
平山:
それ、すごくよくわかります。男性は善意で言っているつもりなんです。でも実際には、決断の責任を女性一人に押しつけていることになる。だから、“任せる”のではなく、一緒に考える”ことが必要なんです。
森:
話し合ってるのに、どこか孤独な気持ちになるのは、そこにある“想像力の差”なんですね。
平山:
そうです。優しさのつもりが、無関心と受け取られることもある。だからこそ、対話が必要なんです。

どうしようもないことを、どうしようもないと受け入れる
森:
最後に、n/の読者 20〜30代で、将来子どもを持ちたいと考えている方に向けて、メッセージをいただけますか?
平山:
そうですね…。「コントロールできることとコントロールできないことを区別して、コントロールできないことに振り回されないこと」。これが実は、とても難しいんです。
人は、努力すればなんとかなる、頑張れば報われると思いたい。でも、妊活も人生も、コントロールできないことばかりです。努力と結果は、必ずしも結びつかない。それでも、「今、自分ができることをしている自分」を、ちゃんと認めてあげてほしい。
結果ではなく、今の自分に価値があるんだと思えること。それが、自分を支える力になります。
編集後記
「他人の心は本当のところはわかりません。でも、寄り添いたい」。
平山先生の言葉には、どんなときも“あなたは一人じゃない”と伝えてくれるような、深い温もりがありました。結果や合理性では測れない、心の揺れにそっと光を当てる。それが、n/が目指すメディアのあり方なのかもしれません。